私事

よく「二次元は俺を裏切らない」的な発言を聞くけれど、実際は三次元より二次元に裏切られる割合の方が多い気がする

あくまで二次は非日常が舞台だし、物語的な良い意味で裏切られるのは大歓迎かな。
ですが、二次(男女問わず)と付き合ったり向き合ったりしていく距離感が、この年(27歳)になってもよくわからなかったりする。どうにも、1か0かのデジタルで解決出来ない事象や感情の機微を汲み取ったりする不確定要素はどうにも苦手。。人間形成の際にそういった側面を養っていなかったのがイマだに悔やまれる。(それでも20代前半の頃に比べて、多くの挫折を味わうことで微修正を重ねて、随分マシになったとは思うけど)感受性が乏しいのかもしれない。それが自分の群青色であり、致命的な欠陥。幸か不幸か、内向的な性格ではなかったので、本音や感情を押し殺し、本音と建前を正しく使い分けることで、嘘と欺瞞に満ちた社会生活を恙無く送ることが出来ていますが。そんなジャンクで安っぽい人間とはいえ、裏切られる側よりは裏切る側になりたいなどというハムラビ法典タリオの法の一般的解釈な思考を持っていないだけマシなどと思わなくもなかったり。
そして、過去の経験や経緯からそれらの課題を認識出来ているくせに、改善要項とその対応策を模索しても、導き出すことが出来ない。。そして、昨年の死ぬまで引きずり続けるであろう人生最大級の致命的ともいえる悲劇を起こしてしまい、イマにいたると。(まぁこの件はすべて自分が完璧に悪いんですが)
そんな日常とは違い、お仕事は利益と成果を出せば評価してもらえるので、よっぽど気楽だったりする。つまり三次は(自分が抱く期待を)裏切るかもしれないけど、自分自身だけは絶対に裏切らないってところでしょうか。

読みは読みの数だけあってしかるべき(読みは評価されるが貴賎は無い)だから、気を遣って卑屈になられなくてもいいと思う。

好きなロミオ作品をちゃんと批評することの出来ない人間力コンプレックスの塊ですから。ネット界隈のロミオ作品におけるファン層が衒学的な方々が多くなってきたこともあって、加奈や家計やC†Cのような作品を好む方々がマイノリティになったように思えてしまい、非常に肩身が狭かったりする(これは以前から言ってますが)。まさに発達した知性こそ暴力。一部のロミオ信者の中で、ウチが「丸戸史明」氏や「瀬戸口廉也」氏といった他のシナリオライターの作品を賞賛賛美することに、嫌悪感を抱いている方がいるようですし。。
正直、イマの自分には、ロミオ作品の造詣に深く傾倒しようとしても人間力が足りないので、無理して付き合っていくとどうしても息切れしてしまう。ですから、自分の好きなモノや興味あるモノだけに特化して追い求めたり、宣伝のような側面で貢献出来るように、ネタやパロディをふんだんに盛り込んだニュースサイト兼テキストサイト形式の運営に切り替えることで、色々と割り切ることにしたのですが、むしろ悩みが増えてしまっただけのような気がしないでもない。だから、イマは無理しないようにしてますが、周囲の期待に応えることの出来ない無力な自分は嫌いだ。。